第1回 脊髄損傷の現在地 ― 『もう一度歩ける』を支える人たち
脊髄損傷という言葉には、「終わり」の響きがある。
けれど、あの日から始まったのは、もうひとつの時間だった。
「回復」と「希望」の現在地をたどる全4回の連載。
第1回は、「もう一度歩ける」を支える人たちの物語。
本との出会い
受傷から三十年が過ぎた。
医療の進歩とともに生きてきたはずなのに、この本を読んだとき、胸の奥が静かにざわついた。
今年10月に出版された高梨ゆき子さん著の『「もう一度歩ける」に挑む ― 救命救急センター「チーム井口」の覚悟』(講談社、2025年)。
そこに描かれていたのは、手術の技術でも、再生医療の夢でもなく、時間と圧力に挑む人たちの物語だった。
脊髄損傷は、スポーツ中の事故や日常の転倒、交通事故など、誰にでも起こり得る現実である。
その背景や立場に関係なく、ある瞬間に人生が分かれる――それがこの損傷の本質だ。
時間と腫れとの闘い
頸椎や胸椎の骨が折れたりずれたりして、脊髄が圧迫される。
体の中を走る神経の“幹線道路”が遮断されれば、下流にある筋肉への命令も、感覚の情報も、届かなくなる。
打撃によって神経が直接傷つく一次損傷に加え、時間とともに脊髄が腫れて神経を押しつぶす――それが二次損傷だ。
この“目には見えにくい腫れ”がどこまで広がるかで、残る機能が決まってしまう。
だからこそ、井口浩一医師とそのチームは、受傷後6時間以内の手術、頸椎脱臼では4時間以内の整復を目標に掲げる。
脊髄の腫れは受傷後数時間でピークに達する。その前に圧を逃がせば、神経細胞の壊死を最小限に抑えられる――動物実験と臨床データから導き出された“時間の閾値”である。
時間で勝負する医療。その数時間が、人生の輪郭を左右する。
私の七時間
私自身も、受傷からおよそ七時間で頸椎の固定手術を受けることができた。
しかし、術後数日で脊髄が腫れ、自力での呼吸が難しくなった。
いま振り返れば、この時期に二次損傷が進んだのだろう。
1990年代半ば、除圧の重要性は論文では語られていたが、救急の現場で共有されるのは2000年代以降のことだった。
誰かの怠慢ではない。医療の地平は、まだそこまで拓けていなかった。
固定という“必要な一手”は打たれた。しかし“圧を逃がす”という次の一手が、当時はまだ一般化していなかった。
その事実を、術後に訪れた呼吸の苦しさとともに、私は体で覚えている。
除圧が分けた運命
『チーム井口の覚悟』には、二人のラグビー選手の症例が描かれている。
似たような頸髄損傷で、同じような処置を受けた二人のうち、一人は歩けるようになり、もう一人は歩けなかった。
違いは、手術中に偶然行われた除圧だった。
受傷時に背骨の一部である椎弓が骨折していたため、手術の際に取り除かざるを得なかった。
結果として、それが脊髄の腫れを逃がす“余白”となり、二次損傷を防いだ。
腫れた脊髄は、骨に囲まれた狭いトンネルの中で行き場を失う。
椎弓を取り除くことは、トンネルの天井を開けて圧を逃がすことに等しい。
つまり、回復の差を生んだのは、技術の巧拙ではなく、腫れの逃げ道をどれだけ早く作れたかにあったと考えられる。
「よくて車いす」という誠実さ
井口医師の哲学は、希望を安易に語らないところにある。
「よくて車いす」と正直に伝える。
その言葉は冷たく聞こえるかもしれない。
しかし根拠のない希望で患者を惑わすより、現実を見据えたうえでリハビリに向かう方が、長い人生を支えることを井口医師は知っている。
悪い知らせを言葉にすることが、自らに課せられた責務――そう語る姿には、医師としての誠実さと、命を奪わないための覚悟がある。
私も「一生、呼吸器が必要になるかもしれない」と担当医に言われた経験がある。幸いにも、後に呼吸器が不要になったが、それを告げた医師の辛さは想像を超えているだろう。
それは、私が三十年かけて少しずつ理解してきた「真実と希望のあいだ」の在り方でもある。
チームという生きもの
本書には、医療の裏側で動くチームの姿も丁寧に描かれている。
満員の手術室、限られた人員。
それでも、若い患者を救うために、麻酔科医や看護師が夜中に走る。
経営効率よりも、一人の命を優先させる。
医療は科学でありながら、意思の連鎖で動く生きものだ。
「この子を治そう」と、何度も心の中でつぶやきながら手術に向かう――その姿に、私は医療の原点を見た。
守ることの意味
三十年前、私は「もう元には戻らない」という事実を突きつけられた。
あのときの絶望と、いま井口医師たちが語る“希望”は、同じ線上にある。
医療が変わったのではない。「守る」ことの意味が広がったのだ。
完全な回復を目指すだけではなく、少しでも腫れを抑え、少しでも動きを残す。
それが「もう一度歩ける」に挑むということ。
医学の進歩とは、失われたものを取り戻す技術であると同時に、取り戻せないものと共に生きる術を磨くことでもある。
私の六時間はとうに過ぎた。
けれど、医療の最前線では、いまも誰かがその六時間を戦っている。
この本を読んだとき胸がざわついたのは、過去への悔いではなく、いま救われている命への静かな祝福と、それでも残る問いが、同時に湧いたからだったのだろう。
そして私たちは、そのあとを何年、何十年とかけて生きていく。
急性期の「防御」と、日常の「再生」はつながっている。
六時間が過ぎたあとに始まる、もうひとつの長い戦い
ーー次回は、リハビリという“再学習の時間”から、その線をたどっていきたい。
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