第2回 リハビリの哲学 ― 意志が身体を学び直すとき

失った機能を取り戻すことが「回復」なら、
動かない身体で学び直すこともまた、ひとつの回復だと思う。

身体は壊れたままではなく、日々、意志に学び続けている。
そこに、リハビリという時間の意味がある。

第2回は、リハビリの哲学をめぐって。
雪下 岳彦 2025.11.14
誰でも

六時間の戦いが終わったあと、私たちは長い時間を生きる。

手術室の緊張が去り、病室の静けさが訪れる。

そこから始まるのが、リハビリという“再学習の時間”だ。

動かない身体を前にして、私たちは何を学び直すのか。

呼吸から始まる“再学習”

受傷直後、私は一度、呼吸の自由を失った。

手術から数日後、脊髄の腫れが増し、自力で息を吸うことができなくなった。

その瞬間、肺の奥で世界が遠のいていく感覚があった。

呼吸器のチューブに命を預けながら、ベッドの上で、ただ「吸いたい」と念じ続けていた。

最初に呼吸器が外れたとき、部屋の空気が肺に入る音がした。

音はしないはずなのに、たしかに“空気の重さ”を感じた。

それは、身体が世界と再びつながった瞬間だった。

動かない身体の中で、意志は確かに動いていた。

この「動かそうとする」意志が、やがて神経の可塑性(かそせい)を刺激し、わずかに残った神経経路が新たな回路を探し始める。

リハビリとは、まさに身体が世界を再び学ぶための教育なのだと思う。

神経は“固定配線”ではない

私が学生だった1990年代半ば、

中枢神経は一度損傷すれば再生しない――そう教わった。

しかし今では、神経は可塑的であり、反復と意志の介入によって回路が再編されることが知られている。

動かない手を前にしても、脳は新しい経路を探し続ける。

そして、何度も試みるうちに、その道筋が少しずつ強化されていく。

「治す」のではなく、「学び直す」――それがリハビリの本質だ。

J-Workoutの記憶

受傷から十数年が過ぎた2007年、

神奈川県厚木市に、日本初の脊髄損傷者専門トレーニング施設「J-Workout」が誕生した。

私はその開設イベントに立ち会い、テープカットの一人としてその場にいた。

最も特徴的なトレーニングは、ハーネスで体重を免荷しながら、トレッドミルの上で歩行を反復するというものだった。

そこでは、動かない身体を“動かそうとする意志”が、トレーナーや仲間の支えの中で少しずつ形を取り戻していった。

私は参加者としてトレーニングを受けてはいない。

しかし、観察者として、その場の空気を全身で感じていた。

ここにあるのは、病院の延長線上にありながら、まったく新しい医療の形だと思った。

それは、治療ではなく、「生きる力」を再構築する実験室のようだった。

Know No Limit ― 再び立ち上がる人たち

翌2008年、神奈川県伊勢原市のForum 246で行われたイベント「Know No Limit」を訪れた。

脊髄損傷者が「再び歩く」ことをテーマに、

J-Workoutの仲間たちがトレッドミルや歩行ロボットを使って挑戦する姿を、多くの人が見守っていた。

彼らは「治る」ためではなく、生きるために歩くという選択をしていた。

それは挑戦というより、静かな尊厳の表現だった。

このイベントは今も続いており、「歩行」という行為を、医療の枠を超えた文化へと変えている。

HAL ― 意志の再教育装置としてのテクノロジー

筑波大学 山海嘉之教授が開発したロボットスーツ「HAL」は、

皮膚表面の微弱な生体電位を読み取り、「動かそうとする意志」に同調してモーターを駆動する。

受動的に“運ばれる”のではなく、意志と機械が協働して動きをつくる。

この能動性こそが、脳と身体のあいだに新しい運動記憶を刻み、結果として神経回路の再編を促す。

私が浦安ロボケアセンターでHALの装着訓練を目の当たりにしたとき、

それは歩行補助具ではなく、意志の再教育装置だと感じた。

テクノロジーが身体の内側に寄り添うとき、リハビリは再び“生命の学習”へと還っていく。

近年では、HALによるこの「意志の介入」が、

神経可塑性を誘導し全身的な治療効果をもたらすことが報告された。

2025年、英国・セントジョージ病院のDarren Luiらが発表したシステマティック・レビューによれば、

能動的制御を備えた外骨格型デバイスの中で、HALのみが神経回路の再構築とQOLの改善を同時に示し、

さらに歩行機能のみならず、排尿・排便、疼痛、生活の質(QOL)にも一貫した改善効果をもたらしたと報告されている [1]。

この発見は、リハビリテーションの概念そのものを変えつつある。

それは、科学が「動かす」だけでなく、「動こうとする」人の意志に学びはじめたことを意味している。

残っているのは「可能性」だ

一歩が出ない日もある。

昨日できたことが、今日はできないこともある。

それでも続けるのは、意志と時間が重なり合う奇跡を信じているからだ。

リハビリの場は、訓練所であると同時に、希望の観測所でもある。

六時間の戦いが終わったあとに続く、長い時間。

その静かな日々の中で、人は身体と世界をもう一度結び直していく。

***

参考文献

1.Chiu KIA, Taylor C, Saha P, Geddes J, Bishop T, Bernard J, Lui D.Actively Controlled Exoskeletons Show Improved Function and Neuroplasticity Compared to Passive Control: A Systematic Review.Global Spine Journal. 2025.

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