第3回 再生医療という地平 ― 羨望と希望のあいだで

リハビリの時間を積み重ね、身体は少しずつ世界とつながり直していく。
けれど、どれだけ訓練を重ねても、断たれた神経回路は元には戻らない。
「失われたものは、もう戻らないのか」。
その問いに、別の答えを探す人たちがいる。
再生医療という地平——そこには、時間の不公平さと、それでも続く希望が同居している。
雪下 岳彦 2025.11.21
誰でも


私の六時間には、間に合わなかった治療がある。

その事実を初めて知ったとき、胸の内に二つの感情が同時に立ち上がった。

もしあと少し遅く生まれていたら、私の神経も再建できたのだろうか――その想像が、胸を静かに締めつける。

けれど同時に、今日受傷した誰かには、私とは違う地図があるのだと思うと、息が深く吸えた。

その両方を抱えたまま、私は「再生医療」という地平を見つめてきた。

クリストファー・リーブが灯したもの

再生医療の物語を語るとき、映画でスーパーマンを演じた俳優クリストファー・リーブの名は外せない。

1995年、落馬事故により頸髄を損傷。

人工呼吸器を付けながら、彼は「治癒は可能だ」という言葉を、現実と闘う世界に投げかけ続けた。

スローガンを掲げるだけではない。

彼は財団を設立して研究資金を集め、科学者と当事者を結び、政策に働きかけ、希望を仕組みに変える仕事をやり抜いた。

私がアメリカへ留学していたころ、彼はすでに象徴的な存在だった。

ニュースやインタビューで精力的に語る姿を、私は尊敬のまなざしで見ていた。

「諦めない」という言葉が彼の口から発せられると、それは励ましではなく、続けるための設計図として聞こえた。

リーブ本人は2004年に亡くなり、彼が夢見た治療の多くは自らには届かなかった。

それでも彼が灯した火は、研究室と病室のあいだで燃え続けている。

時間は残酷だが、火は誰かの手から誰かの手へと受け渡されていく。

「橋」を架ける科学 ― iPS細胞

再生医療の中核にあるのがiPS細胞だ。

神経へ分化させた細胞を損傷部位に移植し、断たれた回路に橋を架ける。

川の両岸が離れ離れになっているところに、細胞という足場を組んでいくイメージだ。

慶應義塾大学の臨床研究は、安全性と一部機能改善を示し、治験へ向けて前進している。

いまや受傷直後の亜急性期だけでなく、慢性期の適用も視野に入りつつある。

本質的な問いはここにある。

橋が完成したあと、どうやってその橋を「使いこなす」のか。

第2回で書いたように、回路が再建されても、そこに学び直しが要る。

再生とリハビリは、分かれて進む二本の道ではなく、一つの螺旋だと私は感じている。

――初めてこの研究の報を聞いたとき、胸は波立った。

「その橋が私にもかかる日は来るのだろうか」。

時間は静かに進む。

答えはまだわからない。

それでも、橋がかかるという事実そのものが、私の呼吸を深くした。

もう一つの防御 ― 間葉系幹細胞

もう一つの軸は、環境を整える治療だ。

第1回で語った急性期の「除圧」が脊髄の腫れとの闘いだったように、慢性期には「炎症」という別の敵がある。

受傷後も続く炎症反応は、残された神経細胞を徐々に傷つけていく。

日本では、自己骨髄由来の間葉系幹細胞(MSC)を点滴投与して炎症を抑え、残った神経を守る治療が条件付きで保険適用されている。

私の六時間どころか、私の三十一日にも間に合わなかった。

けれど今日この瞬間にも、救急車のサイレンの先で、誰かはこの選択肢に手を伸ばしている。

時間は医療を選ぶ――その不公平さと、それでも広がる希望の両方を、私は受け止めたい。

そして、融合へ

近年の流れは明確だ。

細胞移植、硬膜外電気刺激(EES)、BMI(Brain–Machine Interface)、AIによる信号解析――個別の技術が連携し、脳と身体のあいだに新しい往復路をつくり始めている。

第2回で触れたHALの研究も示すように、「動かそうとする意志」を介した訓練は神経可塑性を促し、歩行に限らず自律機能や疼痛、QOLにも及ぶ全身的効果を報告しつつある。

リハビリと再生、医療とテクノロジー

――その境界はゆっくりと溶け、「生きるためのシステム」として立ち上がりつつある。

私はこの「融合」に不思議な安心を覚える。

どの方法が唯一の正解かではなく、つながり直すための複数の道が、互いを補い合っているからだ。

もう一度、つながる

私は自分の神経が完全に再生する未来を約束できない。

それでも、「再生医療」という言葉に、細胞の修復以上の意味を感じている。

それは、失われたものと残されたものをもう一度つなぐ試みであり、私たちの生き方そのものを学び直すプロセスでもある。

羨望か、希望か――おそらくその両方だ。

羨ましい、と正直に思う。

けれど同時に、嬉しい。私の後に続く誰かが、私とは違う地図を手にできることが。

クリストファー・リーブが灯した火は消えず、研究者の手と当事者の手のあいだで、静かに明るさを増している。

私の六時間は過ぎた。

それでも、私たちの時間は続いている。

再生医療という地平から振り返ると、過去は嘆きではなく、未来へ橋を架けるための土台だったのだと、今は思える。

クリストファー・リーブが打ち込んだ杭も、井口医師たちが守った時間も、私たちがリハビリで積んだ一歩も

――すべてが、次の誰かのための足場になっている。

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