恩は返さず、前へ渡す
1. 言葉ひとつで、人は前を向ける
入院していた頃、主治医でもあり、ラグビー部の先輩でもあった先生が静かにこう言った。
「雪下にしかできないことがある」
あれは、本当に沈んでいた時期だった。
未来のことを考える余裕もなく、「昨日より良くなる保証」なんて、どこにもなかった。
でも、その一言だけが、不思議と胸に残った。
説明も根拠もないのに、そこには「信じているよ」という、静かな温度だけがあった。
人は、誰かからそっと信じてもらえると、もう少しだけ前に進んでみようと思える。
あの時の僕は、まさにそうだった。
2. 言葉にならない支えもある
励ましの言葉だけが、人を立ち直らせるわけではない。
ただ、そばにいてくれる人。
明るくふるまいながら、変わらない態度で接してくれた人。
何も言わなかったけれど、あとになって「その沈黙ごと、優しさだった」と気づく人もいる。
支えは、目に見えない形で積み重なって、時間が経ってから、じんわりと肩を押してくれる。
人の優しさは、言葉では測れない。
それでも確かに、そこに存在していたのだと思う。
3. 恩は返さなくていい。前に渡せばいい
「ペイ・フォワード(原題:Pay it forward ) 」という映画がある。
受け取った優しさを、その人に返すのではなく、次の誰かへ渡していく。
それだけで、世界が少しずつ良くなる。
そんな物語だ。
時間が経って思うのは、あの仕組みは、決してフィクションではないということ。
誰かが置いていってくれた優しさは、その人に返さなくていい。
むしろ、別の誰かがしんどい時に、ふっと背中を押す力になれば、それで充分だ。
そのほうが、自然で、やさしい循環だ。
4. 形を変えて、前へ渡していく
医療も、文章を書くことも、
スタジアムのアクセシビリティの活動も、学生への講義も。
最近気づいたのは、これらすべてが、過去に受け取った優しさを
形を変えて、次の誰かに手渡す行為だったということだ。
誰かが僕にくれた言葉や態度や視線が、いつのまにか自分の中で息をして、
いまの活動につながっている。
そう思うと、いろいろな線が、静かにつながった気がした。
5. 言葉は、未来のどこかで芽を出す
一昨年から、NPO法人AYAのアドバイザーとして活動している。
医療従事者が付き添うことで、障害のある子どもたちが
映画やスポーツを安心して楽しめる場をつくる取り組みだ。
現場にいる仲間の話では、環境さえ整えば、子どもたちの表情は見違えるほど変わるという。
ほんの少し背中を支えるだけで、目の前で世界が広がっていくのが分かる、と。
言葉は、思っているよりずっと力を持っている。
特に学校の教室では、なおさらだと思う。
先生がかけるひとつひとつの言葉は、そのとき限りでは終わらない。
何年も先のどこかで、しんどい誰かを支える力に変わるかもしれない。
教室という場所は、小さな種が、静かにまかれていく場所だ。
子どもたちの未来のどこかで、その種が、そっと芽を出すことがある。
おわりに──静かな感謝として
僕はいま、これまでに受け取った数えきれない優しさのおかげで生きている。
そのうちのいくつかは、名前のつかないまま、心に残ったものだ。
だからこそ、今度は僕がどこかで、誰かの背中をそっと押せる存在でいられたらと思う。
返すのではなく、前へ渡していくという形で。
それが、あの言葉に救われた自分ができる、
もっとも静かで、確かな感謝のかたちなのかもしれない。
P.S. このレターは、11月にそっと始まりました。まだ短い時間ですが、読んでくださったこと自体が、続けていく力になっています。それぞれの場所で、この一年を生き切ったことを胸に、どうか静かでやさしい年の瀬を。良いお年をお迎えください。
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